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Author:enna
2013年6月ソルボンヌ大学美術史学部を卒業、10月にはパリで男の子を出産予定。

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Yves Saint Laurent. Rétrospective: Petit Palais

Fri.30.04.2010 0 comments
P1040752.jpg


プティ・パレで開催されているイヴ・サン・ローランの回顧展を見てきました。
少し前のことですが、備忘録として忘れない内に書いておきます。

この回顧展は、2008年に亡くなられたサン・ローランを偲んで企画され、代表作の多くを含む300着以上が出展されたとても大きな展覧会でした。

Rue Saint-Honoreにある教会で行われた葬儀のニュースを日本で見た時には、サルコジ夫妻を初めとするフランスの各界著名人が参列する姿に、芸術に対して並ならない理解のあるフランスが、サン・ローランという偉大なクチュリエを失ったとことを国を挙げて喪に服していた姿が記憶に新しいです。
今回は、印象派などの企画展が催されることの多いプティ・パレで初めて企画されたモードの展覧会らしいのですが、そんな場所で回顧展を開けること自体が、如何にサン・ローランの評価がフランスで高いかということを示しているように思います。

さて、展覧会には本当に素晴らしいデザインの服ばかりが飾られていて、数も多いので見応えもあり、とっても良かったです。ファッションが好きでパリに来る機会がある人には、絶対お勧めです。
やっぱり女子としてはたくさんの素敵な服に囲まれると心が踊るもの。
モードの展覧会では、絵画の時とは違う感覚が刺激されてる気がします。

一緒に見に行った妹は服を自分で作ったりしているのだけど、特にサン・ローランのデザインが好きみたいで展覧会に来れて感動してました。

展覧会のHPに会場を写した画像がアップされています。
服もたくさん写っていて、展覧会の雰囲気がよく分かるので、興味のある方は是非見てみてください!
http://www.paris.fr/portail/Culture/Portal.lut?page_id=6228&document_type_id=2&document_id=78044&portlet_id=14049


サン・ローランの特に若い頃の作品には帽子を合わせて作ったものが多かったけど、その帽子がどれもすごくお洒落!
見たことない形のデザインがたくさんあって、おもろしかった。

デッサンを描いてる画像もあったけど、筆を進めるスピードがすごく早くて驚きました。
イメージが沸き上がって止まらない、という様子でした。

同時代を生きたアーティストたちの作品にインスピレーションを受けた作品も印象に残りました。
モンドリアン・ルックは非常に有名だけど、他にもマティスやゴッホ、ピカソ、ブラック、レジェ、ポリアコフ、トム・ウェッセルマンなど絵画の一部をデザインに使ったり、アポリネールやコクトーの詩を背中に刺繍した服もありました。
特にマティスの大きな白い鳥を2匹ドレスにくっつけたドレスは印象的でした。

展覧開場の一番大きな部屋では、真っ赤なカーペットが敷かれた階段に何十着もの豪華なドレスが並べられていて圧巻でした!
妹と展示室の椅子に座り込んで、サン・ローランの世界に浸りながら暫くうっとり。
幸せな時間でした。

デザインも然ることながら、実際に服を作っていた人達の腕も素晴らしいと思いました。
アフリカにインスピレーションを受けた服の裁縫はすっごく細かくて目を見張るほど。
素晴らしい技術です。

残念なことに、最近のフランスでは、以前シャネルやディオール、サン・ローランなどの一流ブランドのオート・クチュールで服を作っていた良い人材の数がどんどん減少しているという記事を読みました。
フランスが生んだ素晴らしい技術を後の世代にも継承していって欲しいものです。

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以外な展示品で、サン・ローラン自身のヌード写真もありました!
元々はメンズのフレグランスの広告として1971年にJean Loup Sieff(ジャン・ルー・シーフ)が撮影した写真だそうで、この展覧会では今まで秘蔵にされていた広告未使用の写真も初公開されていました。
サン・ローランは1936年生まれだから、この写真を撮った時には既に45歳!
それでも、どの写真もモデルのように美しかったです。
自らヌードになったデザイナーって、後にも先にも彼くらいしかいないのではないでしょうか。

彼は絵本も書いてる。
あんまり可愛くなくて意地悪な女の子があらゆる手を尽くして意中の男子を射止めるという話でした。
この絵本でサン・ローランが何をしたかったのか、私にはよくわかりませんでした。
絵は可愛かったけど。ただ描いてみただけなのかな?
因にこの絵本、フランス語以外で唯一日本語に翻訳されているみたい。
「おてんばルル」という題名で河出書房新社から出てます。

P1040734.jpg

長くなってしまったので詳しくは書きませんが、プティ・パレ自体もとてもキレイな美術館でした。
私たちが行った3月末には既に、中庭にキレイにお花が咲いていて、併設のカフェの外の席で食べたランチは最高に気持ち良かったです!
お花はなぜか南国っぽいのが多かった。

いま振り返ってみても、この日は本当良い日だったなぁ。
展覧会は8月29日まで開催されてるそうなので、パリに来る予定がある方はぜひ、行ってみてください。
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杉本博司:現な像

Thu.29.04.2010 0 comments
美術評論家の知人の勧めで、杉本博司執筆の本「現な像」を読みました。
彼は言わずと知れた世界的なアーティストですが、優れた文筆家でもあり、この本もとても面白かったです。

内容はあらゆる過去の芸術を通して自身の見解を述べる論考を集めたものでした。
杉本博司がNYで骨董商をしていた頃に見つけた十一面観音像の話から始まり、写真が誕生した経緯から自身の代表作「蝋人形」が出来るまでの事や「劇場」シリーズのことも述べていました。

絵画に関しては、自分の耳の一部をそぎ落とした二人の人物、明恵上人とゴッホの肖像画に似たようなものを見出し、更にその後では、12世紀に生きた明恵と同時代人であるキリスト教の聖人、アッシジの聖フランチェスコの生涯が同じような生き方をしたことについて書かれていました。
日本と西洋という地理的な隔たりも数世紀という時間も関係なく、自由に歴史を考察する視点が独特で面白かったです。

このように、さまざまな芸術についての見解が述べられていくのですが、全部で12章あるこの本の終わりにさしかかってきた最後の2章だけは芸術とは関わりのない内容でした。
話はまず、杉本博司が1940年代に日本人が表紙を飾ったNY TIMESの古雑誌を集めることから始まる。
この章のタイトルは「鬼畜の言説」。
鬼畜とは太平洋戦争前の日本人による米国人に対する呼び方だから、当時のNY TIMES=鬼畜の言説、という意味で、その古雑誌を読むことでその頃の米国人の考えを汲み取り、考察するという内容でした。
そして次の章ではTIMESばかりでなく、NYのオークションでA級戦犯全員の直筆英字サインが入った写真を落札し、彼らが死の直前に書いた書簡などを読む。
それらを読む限り、日本の戦争指導者たちが愚昧な人達であったとは思えず、むしろ愚昧であったのは大衆としての日本国民とそれを先導した大新聞だったと私は思える。と書いていました。

日本の社会は戦争について敏感で未だに自由に発言できない雰囲気が漂っているから、同じように思う人がいても、こんな風にはっきりと書ける人は稀ではないでしょうか。(詳しくは分からないけど。)

杉本博司の予想もしなかった新しい一面が伺え、ますます魅力的な作家だと思うようになりました。

http://www.amazon.co.jp/現な像-杉本-博司/dp/4104781029

Le Corbusier: Immeuble Molitor, Nungesser et Coli

Wed.28.04.2010 2 comments
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パリに来てから、前よりコルビジェが好きになってきました。

大学時代に旅行でフランスへ来た時、ロンシャン教会とラ・ロシュ・ジャンヌレ邸は見に行ってすごく良かったのだけど、パリに来てからの半年間にサヴォア邸やアトリエ・オザンファン、Cite Univerciteのスイス館とブラジル館などを見る機会があり、ますます興味を持つようになりました。
特に先月に行ったサヴォア邸が想像以上に良かったことがきっかけになり、今回のヴィジットに繋がりました。
サヴォア邸は写真を見ていた時と実際に建物へ入った感じが(私の印象では)かなり異なり「建築は行かないと分からないから、なるべくたくさん見に行きなさい。」と言っていたゼミの前田先生の言葉を思い出し、改めてその通りだな、と実感。
このナンジュセール・エ・コリのアパルトマンも写真では見た事があったけど、やっぱりかなり印象が違いました。
行って良かった。

ここはコルビジェとピエール・ジャンヌレによって1931年から34年にかけて建てられた、コルビジェ生涯で中期の作品。
因にサヴォア邸が建てられたのは1928年から31年。
長年コルビジェが住んだアパルトマンであり、生涯絵を描き続けた彼の画家としてのアトリエとしても使われた場所だそうです。

アパルトマンの中へ入るには予約が必要です。
手続きが少し面倒な為か、私たちが行った土曜日の午前中には、他のヴィジターはアメリカ人老夫婦だけでした。
ゆっくりと見て回る事ができて良かったです。

建築家である旦那さんも初めての訪問でした。


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コルビジェが住んでいた部屋はアパルトマンの最上階の7、8階です。
まずは7階の写真から。

ここは、2007年に森美術館で開催された「コルビジェ展」で再現されていたアトリエ!
初めて来た場所なのに、前にも来た事あるような、ちょっと不思議な気持ちになりました。
森美術館では天井と両面の壁が閉ざされていて、洞窟にいるような少し暗い印象を受けたけど、実際のアトリエは左右の窓から光がたくさん差し込み、明るくて気持ちが良い空間です。

コルビジェは毎朝この場所で絵を描いていたそうです。


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このアパルトマンは16区の西端の端にあり、アトリエの反対側にある上の写真のリビングからはブーローニュの森がよく見えました。
ベランダに出て右手を見ると、もっとたくさんの緑が見えて、気持ち良い!

窓に付けられた四色のステンドグラスは、透明なガラス戸のポイントになっています。


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階段を上ると8Fには客間が。


コルビジェ財団のHP。
ナンジュセール・エ・コリのアパルトマンの写真が数枚載っています。
こちらの方が写真がずっとキレイです。笑
http://www.fondationlecorbusier.fr/corbuweb/morpheus.aspx?sysId=13&IrisObjectId=4450&sysLanguage=fr-fr&itemPos=22&itemSort=fr-fr_sort_string1%20&itemCount=78&sysParentName=&sysParentId=64



さて、ナンジュセール・エ・コリを見終えた後は、アパルトマンがある16区の端から一歩パリ郊外に出たところにある「ブーローニュ・ビアンクール」を散策しました。

ここは1920から30年代にかけてパリ市内の人口増加に伴い開発されたエリアで、その頃建てられた近代建築がたくさん残っています。パリ市内は8階建てくらいの高いアパルトマンが所狭しと立ち並んでいるけれど、ここでは2、3階建ての一軒家やパリ市内よりは低いアパルトマンがゆったりした並んでいて、景色がずいぶん違いました。

旦那さんは日本の建築雑誌の企画でこの周辺の建築マップを作ったことがあり、色々案内してくれたり説明してくれたので面白かったです。


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街を歩いていると至る所に上の写真のような地図の付いた案内看板が立っていて、これに沿って歩けば近代建築巡りが出来るようになっていました。




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上の写真はブーローニュ・ビアンクールにある近代建築の一例で、分かりづらいけど三つの建物が並んでる。
右から建築家はMallet Srevens、Le Corbusier、Raymond Fischer。

この雰囲気、パリ市内とはずいぶんと違いますよね。
郊外といっても昔からお金持ちが住んでいるエリアだから、落ち着いていてます。
良いです。

この日は天気も良く、ステキな建築がたくさん見れてとっても充実な日でした。


余談ですけど、日本人にはコルビジェ好きな人が多いかもしれないです。
フランス人の友だち二人とコルビジェの話をしていたら、その人たちは二人ともサヴァオ邸すら知らなかった。
傍にいた日本人の友だちと私は両人ともサヴォア邸へ行った事があると言ったら、そのフランス人に「Les japonais sont foux de Corbusier!(日本人はコルビジェ狂いだ!)」と言われました。笑

Tony Gatlif: Liberte

Tue.27.04.2010 2 comments
大好きなフランスの映画監督、Tony Gatlifの最新作Liberteを見てきました。
悲しい話だったけれど、音楽も俳優もすべて本当に良かった!

監督のトニー・ガトリフはお父さんがフランス人でお母さんはロマで、彼の映画はいつもロマたちを題材にしています。流れている音楽もロマのもの。これがいつも凄くいい!
今回の映画でもたくさんのロマの音楽が使われていました。

「リベルテ」のストーリーは二次大戦中のフランスのジプシーたちを題材にしていて、かなりシリアス。
ドイツ軍の占領にあったフランスでは、ロマたちも強制収容所へ連れて行かれていたらしい。
そんな状況下で、ロバやたくさんの子どもたちと一緒にキャラバンでドイツ軍から逃げ惑うロマの一家の姿が描かれていました。
最後ははっきりは書かないけど、かなり悲しい結末です・・。
メインキャラクターの中に、ロマたちをかばった為にドイツ軍に連行されてフランス人が出てくるのだけど、彼らは実在の人物がモデルになっているそう。

俳優たちの中で、一際印象に残った人物がいました。
ジプシーの若者の役をしていた人で、名前はJames Thierree。
映画を見終わった後でフランス人の友だちにこの映画の話をしたら、James Thierreeはチャーリー・チャプリンの孫だ、と教えてくれました。
チャプリン自身もジプシーの出で、従ってJames Thierreeにもジプシーの血が流れている。
フランスではJames Thierreeは俳優としてよりも舞台役者として有名ですごく人気があり、彼の舞台を見る為には何ヶ月も前から予約をしなきゃいけないと聞きました。
私もいつか見てみたいです。

因に、トニー・ガトリフの映画の中で他のお気に入りの作品は「Vengo」。
この映画はスペインのアンダルシアが舞台で、マフィア(?)の親玉のおじさんが最愛の娘を失って悲しくて立ち直れず、ジプシーたちの音楽を背景に男泣きし続けるという話。
すごく、良いです。
一時間と少ししかない短い作品で、私は初めて見た時あまりに気に入り過ぎて2回連続で見ました。
あぁ、もう一度見たくなってきた。

Tony Gatlifのmy space。
Liberteのトレーラーや使われいる音楽などが聞けます。
http://www.myspace.com/gatlif

サントラ欲しいな。

Tout va tres bien madame la marquise!

Mon.26.04.2010 2 comments
またフランス語のお気に入りの曲が見つかりました。

「Tout va tres bien madame la marquise」は1935年に書かれた曲。
Ray Venturaというフランスでジャズを流行させた歌手が作ったそう。

明るく楽し気な曲調に対して、歌詞が強烈なのが対照的で面白い。

内容は、お金持ちのマダムが15日間家を空けていて、久々に雇い人たちに電話をかけて近況を訊く。
すると「万事うまくいっている」が、「マダムの馬が死んでしまった」とのこと。
でもそれ以外は「Tous va tres bien」だそう。

他の召使いに電話し、馬が死んでしまったことを言う。
すると今度は「馬が死んだのは厩舎が焼けたから」とのこと。
でもそれ以外は「Tous va tres bien」

この調子で歌が進んでいく。

3番では「厩舎が焼けたのはシャトーが焼けたから」
最後は「シャトーが焼けたのはムシュー・マルキーズが自殺したから。
ムシューが全部の蝋燭をひっくり返してシャトーに火がついて風が吹いて厩舎に火が移って馬が死んだ。
ただそれだけ。それ以外はTous va tres bien!」

この曲が生まれた1930年代はannees de criseと呼ばれる非常に不安定な時代。
1929年NYで始まる世界恐慌の波を受け、世界は大荒れの時代に入る。
1933年には隣国ドイツでナチス政権が成立、1936年からはスペインで内乱が勃発。
フランスは1931年から本格的に経済危機に陥り、35年から36年にかけ、至る所でストライキが起こる。
そして36年5月、初めての左派政権Front Populaireが成立。

特にこの曲は1936年の大規模な工場労働者たちのストライキの最中に歌われていたそう。
世の中では嫌な事ばかり起こっているけど、「Tous va tres bien」と思いたい気持ちが伝わってきます。


http://www.youtube.com/watch?v=rdLUV0hhYZY

paroles

Allô, allô, James, quelles nouvelles
Absente depuis quinze jours,
Au bout du fil je vous appelle
Que trouverai-je à mon retour ?

Tout va très bien, madame la Marquise
Tout va très bien, tout va très bien
Pourtant il faut, il faut que l'on vous dise
On déplore un tout petit rien
Un incident, une bêtise,
La mort de votre jument grise
Mais à part ça, Madame la Marquise
Tout va très bien, tout va très bien !

Allô, allô, Martin, quelles nouvelles
Ma jument grise, morte aujourd'hui ?
Expliquez moi, cocher fidèle,
Comment cela s'est-il produit ?

Cela n'est rien, madame la Marquise
Cela n'est rien, tout va très,
Pourtant il faut, il faut que l'on vous dise
On déplore un tout petit rien
Elle a périt dans l'incendie
Qui détruisit vos écuries
Mais à part ça, madame la Marquise
Tout va très bien, tout va très bien !

Allô, allô, Pascal, quelles nouvelles
Mes écuries ont donc brûlé ?
Expliquez moi, mon chef modèle
Comment cela s'est-il passé

Cela n'est rien, madame la Marquise,
Cela n'est rien, tout va très bien !
Pourtant il faut, il faut que l'on vous dise
On déplore un tout petit rien
Si l'écurie brûla madame,
C'est qu'le château était en flamme,
Mais à part ça, madame la Marquise
Tout va très bien, tout va très bien !

Allô, allô, Lucas, quelles nouvelles
Notre château est donc détruit ?
Expliquez moi car je chancelle !
Comment cela s'est-il produit ?

Eh! bien voilà, madame la Marquise
Apprenant qu'il était ruiné
A peine fut-il rev'nu de sa surprise
Qu' Monsieur l'Marquis s'est suicidé

Et c'est en ramassant la pelle
Qu'il renversa toutes les chandelles
Mettant le feu à tout l'château
Qui s'consuma de bas en haut
Le vent souflant sur l'incendie,
Le propageant sur l'écurie
Et c'est ainsi qu'en un moment
On vit périr votre jument

Mais à part ça, madame la Marquise
Tout va très bien,tout va très bien !

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